小学校の先生はパーフェクト超人ではない。

小学校の先生がとても忙しいことはずいぶん知られるようになった。

小中学校の教員が世界で一番長時間労働であることがわかっている。
以前はプリントづくりや成績処理もほとんど手作業だったが、学校のIT(ICT)導入も進んできている。
しかし、その影響で「通信障害」や「タブレット破損」などのトラブル対応の仕事、プログラミング授業など、先生たちの仕事は数十年前と比べて明らかに忙しくなっている。

それは、文科省がうちだしている政策や制度が、「なんでもできる先生」を前提としたものだからだ。

「いじめ、貧困への対応、インクルーシブ教育、外国人児童へのケア、ICTを用いた個別最適な学びの充実、道徳教育、英会話、プログラミング的思考」など、先生が扱っているものが多種多様、多岐にわたるということだ。
こんなあらゆることに対応でき、高いスキル、能力をもった、パーフェクトな人材などめったにいない。

はっきり言ってしまえば、そんな優れた能力、高いスキルをもった人間は学校の先生にはならないと思う。

文科省と各地の教育委員会は、理想や目標が高すぎる「教育改革」で、学校のやるべきことを増やし、さらに現場は疲弊するという悪循環を生みだしてしまった。この高く上げられたハードルを跳べず、「無理です」と棄権する学生たち(教員採用試験を受けようとしない)と中途退職する教員たちが増えている。

塾の先生という仕事をしていると、多くの保護者の方と話す機会が多い。そこで、保護者のみなさんにも、しっかり考えなおしてほしい。

学校や先生に対して、「先生の教え方が悪いから」「宿題忘れを無くさせて(居残りとかさせて)」「教師はこうあるべきだ」「こんな教育課題にしっかり対応して欲しい」と熱心に言う人は、今も昔も多い。あまりにも多くのことを求めすぎだ。

とくに公教育にそこまで求めるのは大間違い。

学校の先生も人間なのだから。