「努力をした」なんて思った事はない。

毎日のように「どうしたら生徒の成績をもっと上げられるか」と考え続けている。もう、仕事がない日もずーっと考えているくらいだ。僕の場合、仕事に対して普通のサラリーマンのようにオン・オフはない。あってもオン・スリープモードってくらいで、仕事について常に考えている。おかげさまで雑誌に取材されたり講演会を開いたりと着々とステップアップしています。良く同業者や関係者の方に「日ごろから努力してますね」「努力できるのがうらやましい」と言われる機会があります。
でも実際「努力をした」なんて思った事はない。「やりたい事をやってきた」だけで、「やらなきゃいけないことをしてる」だけ。生徒たちの成績を上げるために必要な事をやっただけ。それは教育者として、やるのが当たり前だからです。
学生時代「テニスでサーブが上手くなりたい」と思ったら、たくさん練習しました。当たり前ですが、サーブが上手くないと試合に負けるからです。結果、努力と呼ばれる行動は「当たり前のこと」なんです。
勉強も同じだと思います。「〇〇点とりたい」「〇〇高校に合格したい」と思ったら努力というものが当たり前の状態にする必要があるのだなと思います。「努力」なんて当たり前すぎて言う必要がない。

何かに「成功した人」は誰しもやってるし、優れた人ほど長時間費やしていて、それにやる人は夢中になっている。時間を忘れて夢中になってる。
努力という言葉を使わなくても、とにかくやってる。彼らは「自分は努力した」からなんて言わないだろう。