「やればできる」、「やっていないからできない」という言葉は、本当に当てはまるのでしょうか?
多くの子どもたちを指導してきた中で、「勉強に向いていない子」も確かに存在します。
受験や試験なら、テクニックで点数を取ることは可能ですが、それは教科学習に本質的に向いているとは限りません。
「じゃあ、何なら分かるの?」と聞きたくなるほど、できない、またはやっていない生徒がいるのも事実です。
多くの保護者は、学校の勉強ができなければならないと考え、子どもを塾に通わせます。
しかし、宿題をせず、塾もサボる傾向にあり、結局は塾を辞めてしまうことが多いです。
具体的には、「学校の授業が分からない」ため塾に通い、「宿題をやってください」と言われてもやらない、「塾の先生の説明が分からない」という状況です。
さらに「親に聞いても分からない」というケースもあります。
少なくとも3人の大人が異なる方法で教えているのに、「分からない」という結果になるのです。
これを「やっていないからできない」と単純に結論づけてしまっていいのでしょうか。
野球部でさえ、全員が「やれば甲子園に行ける」とは限りません。
「勉強に向いていない」という言葉は、否定的な印象を与えがちですが、別の言い方をすれば、「別の才能を持っている」とも言えます。
才能の「種類」が異なれば、当然異なる花が咲きます。
しかし、すべての人が同じ才能を持ち、同じ花を咲かせられるという錯覚に陥ると、問題が生じます。
学校の勉強ができることは望ましいですが、勉強に向いていない子にとって、毎日学校に行き、理解できない内容を学ぶことは苦痛です。
家でも塾でも勉強を強いると、どうなるでしょうか。
本来異なる花を咲かせるべきなのに、同じ花を咲かせようと無理をすると、才能を無視した「アップデート」を強いることになりかねません。
勉強に向いていない子の特徴は、教科学習が退屈で面白みを見出せず、勉強内容に興味を持たず、「なぜだろう」と思わないことです。
勉強は意味がないと感じており、知識を得る意欲がありません。
しかし、何かがきっかけで突然勉強に興味を持つこともありますが、そのきっかけがいつ訪れるかは分かりません。
勉強に向いていない子がダメなわけではありません。
実際、非常に高い能力を持っていることも珍しくありません。
「勉強をさせる」というアプローチを捨て、子どもが本当にやりたいことを「徹底的に」やらせてみることが重要です。
子ども自身の意志でやりたいことをさせることの大切さを忘れてはなりません。
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